東京・深川の八幡さまとして親しまれている富岡八幡宮で殺傷事件が起きました。姉の宮司さんが日本刀で殺害され、運転手さんが重傷を負い、犯行に及んだ弟は共犯者の妻を殺害した後自殺したというこの事件、さながらバイオレンス映画のような凄惨さです。

姉弟間に跡目の問題が根本にあったようですが、宮司不在となってしまった富岡八幡宮には「どこかから他の宮司さんを呼んでくればぁ」とはいかない背景があります。歴史ある神社はどうなってしまうのでしょう。

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【神社本庁離脱が引き金?】

400年近い歴史を持ち、現在の大相撲の元となった勧進相撲発祥の地として横綱誕生の際には石碑に手形と名前を刻むことでも知られる富岡八幡宮。毎年8月に行なわれる深川祭りは江戸三大祭りに数えられ、特に3年に1度開催される本祭りでは圧巻の50を超える神輿が勢ぞろいする非常に豪華でにぎやかなお祭りです。

深川祭り

そんな由緒ある神社のバックグラウンドには文字通り『血で血を洗う骨肉の争い』がありました。それがこのような事件に発展してしまった背景には、9月に富岡八幡宮が神社本庁から離脱したことがあるのではないかと思われます。

全国には80.000くらい神社がありますが、その9割以上が神社本庁に包括されています。神社本庁は加入している神社の宮司の任命を行い、神社の方は神宮大麻(伊勢神宮のお札)の販売を委託されています。この神宮大麻の売り上げの半分が神社本庁の収益となります。残りの1割弱は単立神社と呼ばれ、神宮大麻の販売はできませんが多くはその神社単独で運営していける力を持っている大きな神社です。

今回の事件の中心となる姉弟の父親が定年を迎えて富岡八幡宮の宮司を辞した時、一時は弟の富岡茂永(容疑者)が宮司としておさまりました。ところがお金と女性問題が目に余ると氏子さん達から宮司辞めろ!と声が上ります。

そこで弟の代わりに姉の富岡長子さんが宮司に就任したのですが、神社本庁は再三の承認要請を無視して6年もの間長子さんを正式な宮司として認めようとしませんでした。

そのため長子宮司はこのままじゃ埒が明かんわと神社本庁を離脱してしまったのです。

宮司を辞めたくなかった茂永(容疑者)は非常に面白くありません。神社本庁に属していれば自分が再び宮司におさまれる可能性がわずかながら残っていたのですが離脱によってその芽が絶たれてしまいました。

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【なぜ長子宮司は承認されなかったか】

なぜ神社本庁を離脱していなければ茂永(容疑者)に宮司復帰の可能性が残されていたのか。これには長子宮司が女性だということが深く関わっています。

富岡八満宮の『八満宮』とは、応神天皇を祀る神社を指します。神社本庁は天皇家にかかわりのある神社では女性宮司を頑なに認めないのです。

全国にある八幡宮の総本社は大分県の宇佐神社ですが、ここでも神社本庁は女性宮司を認めず、本庁から宮司を派遣させようとしました。宇佐神社は天下り先になるのはごめんです!と神社本庁を離脱してしまったのです。

格式の高い神社ほど神社本庁は女性宮司を認めないため、富岡八幡宮も神社本庁に残っていれば茂永(容疑者)にも素行に問題はあるけど…という条件つきでも宮司復帰の可能性があったわけです。


【富岡八幡宮はどうなる?】

全国に神社は80.000もありますが宮司さんは10.000人くらいしかいないのだそうです。そのため普段は無人の神社があちこちにあります。無人の神社の地元で開催されるお祭りなどは、その時だけ神職さんが派遣されてきたりします。

歴史があるとか格式が高い神社では神職家が代々宮司を務めていくのですが、跡継ぎがない場合などでは神社本庁に加入していれば本庁から誰かが派遣されてくるのでしょう。

ところが単立神社は派遣元がありません。今回の事件のように宮司の資格を持つ人が亡くなってしまっている場合はどうなるのか。

多くの場合は氏子総代による次の宮司をどうするかの話し合いがもたれるようです。ただ、富岡八幡宮は多くの氏子を抱えていますから、話し合いがなかなかまとまらない可能性もあります。ごたごたが続くと深川祭りそのものの開催も危ぶまれてしまいそうです。

今年8月は深川祭りの大祭が行なわれました。これまで天皇家の大きな行事がある年には皇居前で神輿を練る事もあったという深川祭り、天皇陛下の退位と新天皇即位に合わせて1年繰り上げて大祭を行なう計画もあったかもしれません。

神様に仕える家系で起きた跡目争いがさまざまなトラブルを新たに生まないことを祈ります。

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富岡八幡宮の事件で後継宮司はどうなる?歴史ある深川祭りが消滅の危機?アイーダ過去記事倉庫富岡八幡宮  東京・深川の八幡さまとして親しまれている富岡八幡宮で殺傷事件が起きました。姉の宮司さんが日本刀で殺害され、運転手さんが重傷を負い、犯行に及んだ弟は共犯者の妻を殺害した後自殺したというこの事件、さながらバイオレンス映画のような凄惨さです。 姉弟間に跡目の問題が根本にあったようですが、宮司不在となってしまった富岡八幡宮には「どこかから他の宮司さんを呼んでくればぁ」とはいかない背景があります。歴史ある神社はどうなってしまうのでしょう。 スポンサードリンク 【神社本庁離脱が引き金?】 400年近い歴史を持ち、現在の大相撲の元となった勧進相撲発祥の地として横綱誕生の際には石碑に手形と名前を刻むことでも知られる富岡八幡宮。毎年8月に行なわれる深川祭りは江戸三大祭りに数えられ、特に3年に1度開催される本祭りでは圧巻の50を超える神輿が勢ぞろいする非常に豪華でにぎやかなお祭りです。 そんな由緒ある神社のバックグラウンドには文字通り『血で血を洗う骨肉の争い』がありました。それがこのような事件に発展してしまった背景には、9月に富岡八幡宮が神社本庁から離脱したことがあるのではないかと思われます。 全国には80.000くらい神社がありますが、その9割以上が神社本庁に包括されています。神社本庁は加入している神社の宮司の任命を行い、神社の方は神宮大麻(伊勢神宮のお札)の販売を委託されています。この神宮大麻の売り上げの半分が神社本庁の収益となります。残りの1割弱は単立神社と呼ばれ、神宮大麻の販売はできませんが多くはその神社単独で運営していける力を持っている大きな神社です。 今回の事件の中心となる姉弟の父親が定年を迎えて富岡八幡宮の宮司を辞した時、一時は弟の富岡茂永(容疑者)が宮司としておさまりました。ところがお金と女性問題が目に余ると氏子さん達から宮司辞めろ!と声が上ります。 そこで弟の代わりに姉の富岡長子さんが宮司に就任したのですが、神社本庁は再三の承認要請を無視して6年もの間長子さんを正式な宮司として認めようとしませんでした。 そのため長子宮司はこのままじゃ埒が明かんわと神社本庁を離脱してしまったのです。 宮司を辞めたくなかった茂永(容疑者)は非常に面白くありません。神社本庁に属していれば自分が再び宮司におさまれる可能性がわずかながら残っていたのですが離脱によってその芽が絶たれてしまいました。 スポンサードリンク 【なぜ長子宮司は承認されなかったか】 なぜ神社本庁を離脱していなければ茂永(容疑者)に宮司復帰の可能性が残されていたのか。これには長子宮司が女性だということが深く関わっています。 富岡八満宮の『八満宮』とは、応神天皇を祀る神社を指します。神社本庁は天皇家にかかわりのある神社では女性宮司を頑なに認めないのです。 全国にある八幡宮の総本社は大分県の宇佐神社ですが、ここでも神社本庁は女性宮司を認めず、本庁から宮司を派遣させようとしました。宇佐神社は天下り先になるのはごめんです!と神社本庁を離脱してしまったのです。 格式の高い神社ほど神社本庁は女性宮司を認めないため、富岡八幡宮も神社本庁に残っていれば茂永(容疑者)にも素行に問題はあるけど…という条件つきでも宮司復帰の可能性があったわけです。 【富岡八幡宮はどうなる?】 全国に神社は80.000もありますが宮司さんは10.000人くらいしかいないのだそうです。そのため普段は無人の神社があちこちにあります。無人の神社の地元で開催されるお祭りなどは、その時だけ神職さんが派遣されてきたりします。 歴史があるとか格式が高い神社では神職家が代々宮司を務めていくのですが、跡継ぎがない場合などでは神社本庁に加入していれば本庁から誰かが派遣されてくるのでしょう。 ところが単立神社は派遣元がありません。今回の事件のように宮司の資格を持つ人が亡くなってしまっている場合はどうなるのか。 多くの場合は氏子総代による次の宮司をどうするかの話し合いがもたれるようです。ただ、富岡八幡宮は多くの氏子を抱えていますから、話し合いがなかなかまとまらない可能性もあります。ごたごたが続くと深川祭りそのものの開催も危ぶまれてしまいそうです。 今年8月は深川祭りの大祭が行なわれました。これまで天皇家の大きな行事がある年には皇居前で神輿を練る事もあったという深川祭り、天皇陛下の退位と新天皇即位に合わせて1年繰り上げて大祭を行なう計画もあったかもしれません。 神様に仕える家系で起きた跡目争いがさまざまなトラブルを新たに生まないことを祈ります。 スポンサードリンク世の中のあれこれについて好きなことを言ってます