防衛省が存在しないと言っていた陸上自衛隊がイラク派遣時に記録していた活動報告文書(日報)が実はあったんだけどそのことを当時の防衛大臣に報告してなかったことが発覚しました。

去年もそんなこと言ってて稲田さんが辞任したんだけどなぁと思ってたら、今度のは2004年~2006年に書かれた14000ページにもわたる膨大な文書が新たに出てきたんだそうです。

なんでまた稲田さんが就任してるときにこうもぞろぞろ隠蔽していた事実が出てくるのか。稲田さんが防衛大臣でなけりゃこんなにグダグダせずに済んでいたのでは…?

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【稲田さんは何で辞任したんだっけ?】

伊達メガネと網タイツ(どちらも地元福井の特産品)がトレードマークの稲田朋美議員が防衛大臣に就任したのは2016年8月に発足した第3次安倍内閣の2次改造の時であります。

元弁護士の稲田さんは安倍さんが偶然見つけて「ユー、国会議員になっちゃいなよ」とはきっと言わなかっただろうけど安倍総理が特に目をかけてきたお気に入りでした。それこそいずれは女性首相にと目されてはいましたが、防衛大臣と聞いて日本中が「大丈夫かよー」といささか不安になったのは否めますまい。

稲田朋美

新防衛大臣に就任したときの栄誉式に大きなおリボンのついたスーツ姿で現れたとき、すでになにかがずれてる感が漂っていました。

就任早々の8月に海賊対策のためジブチに駐屯していた自衛隊員を激励するためジブチ入りしたのですが、にっこにっこしながらキャップかぶってTシャツにベストに白いパンツという仕事をする恰好じゃないだろ!というファッションで空港に現れて世間を呆れさせます。

年が明けて2017年、南スーダンに派遣されてPKO活動に勤しんでいた自衛隊の日報に「戦闘」という文言が記載されていたことが明らかになり大問題になります。

PKO活動のために海外派遣されている自衛隊は「戦闘」に直接関わることが法律上できないので、そういうアブナイ状況になったら即帰国させなくてはならないのですが南スーダンに派遣されている部隊はまだ帰国してなかったのです。

稲田さんは「そんな話は聞いてません」と言ってましたが、捨てたと聞いていた日報の現物が出てきます。それを受けて「日報には戦闘と書かれているけど、これは法的な意味での戦闘ではなかった」という迷珍言集に載せたいような答弁をしておりました。

このときスーダンでは、砲撃が始まって自衛隊員がいた宿舎の上を砲弾がびゅんびゅん飛んでおり、目と鼻の先の建物が攻撃を受けました。

砲撃を避けて地元住民たちが大挙してPKO部隊の宿舎に押し寄せており、自分たちの宿舎が直接攻撃されるのは時間の問題と思われるような緊迫した情況だったようです。

現地で指揮をとっていた上官は最悪の状況を想定して「それぞれの判断で身を守るように」と指示を出し、隊員の中には日本に残してきた家族にあてて遺書を書いた人もいました。

これは「戦闘」ではなく「大規模な武力衝突」なんだそうですが、じゃあ一体どういう状況なら「戦闘」になるのか私にはさっぱり分かりません。

こういう大事なことを報告してもらえない防衛大臣って一体なんだよ!文民統制とれてないじゃん!能なし!という声が高まりました。

結局稲田さんは、自衛隊が日報を捨てたといって隠蔽したことの責任をとって7月に辞任いたしました。

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【今になって出てくるのはなぜだ?】

防衛省の日報隠蔽事件、稲田さんの辞任でひとまずの幕引きになったのかと思っていたのに現職の小野寺防衛大臣が「なんかおかしい」と思って調べさせたらごっそり出てきたそうです。

稲田さんが「ないの?」と聞いたら「ありません」と言ってたのに、小野寺さんが「探してみろ」と命じたらあっさり出てくる。うわー 逆パワハラ?

稲田さんは辞めてやれやれと思っていただろうに、次の防衛大臣がまじめにきちんと仕事をしてたために辞任から半年以上たってから改めて防衛省でつまはじきにされていたことがクローズアップされてしまう羽目になりました。

ま、本人はもう辞めちゃってますから「非常にゆゆしき問題だと思います」とか言ってますが、稲田さんを防衛大臣に据えたことがそもそもの間違いだったんじゃないのかって気がしてきます。

稲田さんが辞任した直後から北朝鮮がぽかすかミサイルを打ち上げてましたが、稲田さんが現職の頃にあんなに打ち上げられていたらどんだけ混乱したのか想像するのも恐ろしい。

稲田前防衛大臣の功績、それは憲法との兼ね合いで微妙な位置づけにある自衛隊にできるだけ波風立てないよう穏便にしたい防衛省という組織が、都合が悪くなりそうなことを隠したがる体質を持っているということを、皮肉な形ではありますがより明らかにしたことなのかも知れませんね。

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また出た防衛省の文書隠蔽は稲田朋美が大臣やらなきゃ起きなかった?https://i1.wp.com/yonimaji.net/wp-content/uploads/2018/04/inadatomomi5.jpg?fit=468%2C344&ssl=1https://i1.wp.com/yonimaji.net/wp-content/uploads/2018/04/inadatomomi5.jpg?resize=150%2C150&ssl=1アイーダリニュ前雑記政治,防衛省防衛省が存在しないと言っていた陸上自衛隊がイラク派遣時に記録していた活動報告文書(日報)が実はあったんだけどそのことを当時の防衛大臣に報告してなかったことが発覚しました。 去年もそんなこと言ってて稲田さんが辞任したんだけどなぁと思ってたら、今度のは2004年~2006年に書かれた14000ページにもわたる膨大な文書が新たに出てきたんだそうです。 なんでまた稲田さんが就任してるときにこうもぞろぞろ隠蔽していた事実が出てくるのか。稲田さんが防衛大臣でなけりゃこんなにグダグダせずに済んでいたのでは…? スポンサードリンク 【稲田さんは何で辞任したんだっけ?】 伊達メガネと網タイツ(どちらも地元福井の特産品)がトレードマークの稲田朋美議員が防衛大臣に就任したのは2016年8月に発足した第3次安倍内閣の2次改造の時であります。 元弁護士の稲田さんは安倍さんが偶然見つけて「ユー、国会議員になっちゃいなよ」とはきっと言わなかっただろうけど安倍総理が特に目をかけてきたお気に入りでした。それこそいずれは女性首相にと目されてはいましたが、防衛大臣と聞いて日本中が「大丈夫かよー」といささか不安になったのは否めますまい。 新防衛大臣に就任したときの栄誉式に大きなおリボンのついたスーツ姿で現れたとき、すでになにかがずれてる感が漂っていました。 就任早々の8月に海賊対策のためジブチに駐屯していた自衛隊員を激励するためジブチ入りしたのですが、にっこにっこしながらキャップかぶってTシャツにベストに白いパンツという仕事をする恰好じゃないだろ!というファッションで空港に現れて世間を呆れさせます。 年が明けて2017年、南スーダンに派遣されてPKO活動に勤しんでいた自衛隊の日報に「戦闘」という文言が記載されていたことが明らかになり大問題になります。 PKO活動のために海外派遣されている自衛隊は「戦闘」に直接関わることが法律上できないので、そういうアブナイ状況になったら即帰国させなくてはならないのですが南スーダンに派遣されている部隊はまだ帰国してなかったのです。 稲田さんは「そんな話は聞いてません」と言ってましたが、捨てたと聞いていた日報の現物が出てきます。それを受けて「日報には戦闘と書かれているけど、これは法的な意味での戦闘ではなかった」という迷珍言集に載せたいような答弁をしておりました。 このときスーダンでは、砲撃が始まって自衛隊員がいた宿舎の上を砲弾がびゅんびゅん飛んでおり、目と鼻の先の建物が攻撃を受けました。 砲撃を避けて地元住民たちが大挙してPKO部隊の宿舎に押し寄せており、自分たちの宿舎が直接攻撃されるのは時間の問題と思われるような緊迫した情況だったようです。 現地で指揮をとっていた上官は最悪の状況を想定して「それぞれの判断で身を守るように」と指示を出し、隊員の中には日本に残してきた家族にあてて遺書を書いた人もいました。 … これは「戦闘」ではなく「大規模な武力衝突」なんだそうですが、じゃあ一体どういう状況なら「戦闘」になるのか私にはさっぱり分かりません。 こういう大事なことを報告してもらえない防衛大臣って一体なんだよ!文民統制とれてないじゃん!能なし!という声が高まりました。 結局稲田さんは、自衛隊が日報を捨てたといって隠蔽したことの責任をとって7月に辞任いたしました。  スポンサードリンク 【今になって出てくるのはなぜだ?】 防衛省の日報隠蔽事件、稲田さんの辞任でひとまずの幕引きになったのかと思っていたのに現職の小野寺防衛大臣が「なんかおかしい」と思って調べさせたらごっそり出てきたそうです。 稲田さんが「ないの?」と聞いたら「ありません」と言ってたのに、小野寺さんが「探してみろ」と命じたらあっさり出てくる。うわー 逆パワハラ? 稲田さんは辞めてやれやれと思っていただろうに、次の防衛大臣がまじめにきちんと仕事をしてたために辞任から半年以上たってから改めて防衛省でつまはじきにされていたことがクローズアップされてしまう羽目になりました。 ま、本人はもう辞めちゃってますから「非常にゆゆしき問題だと思います」とか言ってますが、稲田さんを防衛大臣に据えたことがそもそもの間違いだったんじゃないのかって気がしてきます。 稲田さんが辞任した直後から北朝鮮がぽかすかミサイルを打ち上げてましたが、稲田さんが現職の頃にあんなに打ち上げられていたらどんだけ混乱したのか想像するのも恐ろしい。 稲田前防衛大臣の功績、それは憲法との兼ね合いで微妙な位置づけにある自衛隊にできるだけ波風立てないよう穏便にしたい防衛省という組織が、都合が悪くなりそうなことを隠したがる体質を持っているということを、皮肉な形ではありますがより明らかにしたことなのかも知れませんね。 スポンサードリンク世の中のあれこれについて好きなことを言ってます