サヘルローズ

「ペルシャ絨毯に乗って日本にやってきました」
自己紹介の時によくこのフレーズを使うサヘル・ローズ。すごい美人でとってもグラマーだけどちょっとずれてて可愛い人です。9月公開の映画『みんな エスパーだよ』にジュリー・バブコック役で出演していますね。

イラン・イラク戦争で家族全員を亡くし、養母とともに来日して想像を絶する苦労を経験してきたサヘル・ローズですが、その生い立ちに対して日本在住のイラク人から「それは嘘だ!」と噛み付かれたことがありました。

確かに、戦争のない平和な日本に住んでいるとサヘルローズがたどってきた人生はにわかには信じがたいところがあります。本当のところはどうだったのでしょうか。

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【サヘルローズの生い立ちについて】

サヘル・ローズはイランのクルディスタンで生まれました。この「クルディスタン」が州名を指すのか、トルコ・イラク・イラン・シリアなど多くの国に散らばっている国家を持たない巨大民族のクルド人が住んでいるところを指すのかは分かりません。
ただ、少なくともイラクとの国境近くで生まれたことは確かなようです。

サヘル・ローズが生まれた頃はイラン・イラク戦争の真っ最中でした。両親と10人のきょうだいと暮らしていたのですが、どこか養女に出そうという話が出ていたのだそうです。ところが1989年のイラクによる空爆で家族全員を亡くしてしまいます。空爆の4日後に医療ボランティアとして現地入りしていた若い女性によってがれきの下から救出されました。

孤児になってしまったサヘル・ローズは孤児院に預けられます。孤児院では「ナイゲス」と呼ばれていたそうですが、サヘル・ローズ自身本名も生年月日も分からないのだそう。世の中が世の中でしたし、いずれ養女に出そうと思われていたくらいですから、両親のもとで花よ蝶よと育てられたわけではなかったのかもしれません。

孤児院で寂しく暮らしていたサヘル・ローズを助け出してくれたボランティア女性が訪ねたのは4年後でした。そのときサヘル・ローズが「おかあさん」と慕ってきたことで、その女性はサヘル・ローズを引き取る決心をします。これが現在の養母のフローラ・ジャスミンさんです。

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きれいな方ですね。親子というには姉妹のようです。

フローラはサヘル・ローズという名前と1985年10月21日を誕生日として与えてくれました。
ただ、正確な生年月日ではないので、もしかしたら1984年の生れかもしれないし1986年かもしれないとのこと。

養母の実家は裕福な家庭でしたが、家柄を理由にサヘル・ローズを養女にすることに反対し、フローラに対する経済援助をストップしてしまいます。そこでフローラさんは日本で働いていた夫(wikiには婚約者とありますが、結婚して経済的に安定していないと養子はとれないと本人がインタビューで語っています)を頼って1993年8月に来日します。

しかし狭い部屋での同居はうまくいかず、早々にサヘル・ローズとフローラは追い出されてしまいます。職のなかったフローラは困窮し、一時はホームレス生活だったこともあるそうです。戦禍を逃れて来日しても、待っていたのは極貧といじめでした。

…書いていてもうお腹いっぱいなすさまじさ(涙)

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【サヘル・ローズの生い立ちは嘘だ】

この壮絶な生い立ちについて、在日イラン人が「あれは嘘だ!」というツイートを投下しました。

このツイートでは、サヘル・ローズは空爆の犠牲者などではなくイラン大使館職員と日本人女性の間に生まれた子だと言っています。さらにこのツイートに続けて『そもそも毒ガス攻撃を受けたところには兵士も立ち入らない。養母が救い出せるわけがない』と断じています。このツイートに対してサヘル・ローズ自身とやりとりがあったようですが現在は削除されています。

しかし、どうやらこれは、アレズ女史の勝手な思い込みだったようです。


確かにイラン・イラク戦争においてイラクはイランの民間人に対して毒ガス攻撃をしかけて多くの町を破壊し累々たる死者の山をこしらえています。

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しかしこれは1988年のことで、その年の8月に停戦が発効しています。しかし、それでめでたく戦争がなくなったわけではなく、2000年代に入ってからも両国は小競り合いの空爆合戦を行なっていました。
サヘル・ローズが被災したのは1989年とのことですから、そのときには化学兵器(毒ガス)は使用されていないはずです。

父親がイラン大使館の職員というのは、たぶんwikiの記載がフローラの婚約者となっていることからきた誤解ではないかと思われます。フローラの実家が高い家柄であることを考えると、日本にいた夫もそれなりの家柄であろうと考えられます。ですから、これは推測ですが、フローラの夫が大使館の職員だった可能性があります。

一方的に嘘つき呼ばわりしたアレズ女史ですが、きちんと謝罪したんでしょうかね。

【結婚のために改宗?】

2011年時点では「男性を好きになったことがない」と,男性との交際経験がないことを明らかにしていたサヘル・ローズですが、現在はどうなんでしょうね。ますますキレイになってますから、そろそろ彼氏がいるのかな。

じゃあ結婚って何よって話ですが、改宗するのはサヘル・ローズと結婚したい!と言ってる人たちのことです(笑)
サヘル・ローズはイスラム教徒なので、原則的に改宗して棄教することは禁じられています。コレだけの美人と(それもぴっかぴかの未使用かも)結婚できるんだったら、お釈迦様の教えをすててもいい!ってことなんでしょう。

タレント活動のほかに女優としても活躍の場を広げつつあるサヘル・ローズ。
自らの生い立ちから、児童福祉に関心が高く、いつかイランに孤児院を作りたい希望があるそうです。

この人のブログやツイッターは、美しい写真とともに祈りのような詩がたくさんあります。それらを読んでいて、サヘル・ローズという人は一日を清らかな水で洗い上げるように迎える人なんだなぁと思いました。

数々の苦難をおくびにも出さずに輝くサヘル・ローズ。見習いたいものです。

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サヘルローズ壮絶過去にイラン人から嘘つきの声?結婚のために改宗?https://i2.wp.com/yonimaji.net/wp-content/uploads/2015/09/saheruro-zu1.jpg?fit=480%2C329https://i2.wp.com/yonimaji.net/wp-content/uploads/2015/09/saheruro-zu1.jpg?resize=150%2C150アイーダ人物イラン,サヘルローズ,噂,女優
「ペルシャ絨毯に乗って日本にやってきました」 自己紹介の時によくこのフレーズを使うサヘル・ローズ。すごい美人でとってもグラマーだけどちょっとずれてて可愛い人です。9月公開の映画『みんな エスパーだよ』にジュリー・バブコック役で出演していますね。 イラン・イラク戦争で家族全員を亡くし、養母とともに来日して想像を絶する苦労を経験してきたサヘル・ローズですが、その生い立ちに対して日本在住のイラク人から「それは嘘だ!」と噛み付かれたことがありました。 確かに、戦争のない平和な日本に住んでいるとサヘルローズがたどってきた人生はにわかには信じがたいところがあります。本当のところはどうだったのでしょうか。 スポンサードリンク 【サヘルローズの生い立ちについて】 サヘル・ローズはイランのクルディスタンで生まれました。この「クルディスタン」が州名を指すのか、トルコ・イラク・イラン・シリアなど多くの国に散らばっている国家を持たない巨大民族のクルド人が住んでいるところを指すのかは分かりません。 ただ、少なくともイラクとの国境近くで生まれたことは確かなようです。 サヘル・ローズが生まれた頃はイラン・イラク戦争の真っ最中でした。両親と10人のきょうだいと暮らしていたのですが、どこか養女に出そうという話が出ていたのだそうです。ところが1989年のイラクによる空爆で家族全員を亡くしてしまいます。空爆の4日後に医療ボランティアとして現地入りしていた若い女性によってがれきの下から救出されました。 孤児になってしまったサヘル・ローズは孤児院に預けられます。孤児院では「ナイゲス」と呼ばれていたそうですが、サヘル・ローズ自身本名も生年月日も分からないのだそう。世の中が世の中でしたし、いずれ養女に出そうと思われていたくらいですから、両親のもとで花よ蝶よと育てられたわけではなかったのかもしれません。 孤児院で寂しく暮らしていたサヘル・ローズを助け出してくれたボランティア女性が訪ねたのは4年後でした。そのときサヘル・ローズが「おかあさん」と慕ってきたことで、その女性はサヘル・ローズを引き取る決心をします。これが現在の養母のフローラ・ジャスミンさんです。 きれいな方ですね。親子というには姉妹のようです。 フローラはサヘル・ローズという名前と1985年10月21日を誕生日として与えてくれました。 ただ、正確な生年月日ではないので、もしかしたら1984年の生れかもしれないし1986年かもしれないとのこと。 養母の実家は裕福な家庭でしたが、家柄を理由にサヘル・ローズを養女にすることに反対し、フローラに対する経済援助をストップしてしまいます。そこでフローラさんは日本で働いていた夫(wikiには婚約者とありますが、結婚して経済的に安定していないと養子はとれないと本人がインタビューで語っています)を頼って1993年8月に来日します。 しかし狭い部屋での同居はうまくいかず、早々にサヘル・ローズとフローラは追い出されてしまいます。職のなかったフローラは困窮し、一時はホームレス生活だったこともあるそうです。戦禍を逃れて来日しても、待っていたのは極貧といじめでした。 …書いていてもうお腹いっぱいなすさまじさ(涙) スポンサードリンク 【サヘル・ローズの生い立ちは嘘だ】 この壮絶な生い立ちについて、在日イラン人が「あれは嘘だ!」というツイートを投下しました。 イラン人の間では有名な話を始めて暴露しよう!彼女の本当の父親はイラン大使館の職員。イランはイスラム教徒の国だから、第4婦人までOKだ。それが、日本人女性と父親が結婚したわけ。それで残された母と娘。それだけなのに物語を作ったサヘル・ローズhttp://t.co/BL5RXYbg6x — たまたまイラン人 政治社会研究者 アレズ (@arezjaponi) 2013, 6月 13 このツイートでは、サヘル・ローズは空爆の犠牲者などではなくイラン大使館職員と日本人女性の間に生まれた子だと言っています。さらにこのツイートに続けて『そもそも毒ガス攻撃を受けたところには兵士も立ち入らない。養母が救い出せるわけがない』と断じています。このツイートに対してサヘル・ローズ自身とやりとりがあったようですが現在は削除されています。 しかし、どうやらこれは、アレズ女史の勝手な思い込みだったようです。 確かにイラン・イラク戦争においてイラクはイランの民間人に対して毒ガス攻撃をしかけて多くの町を破壊し累々たる死者の山をこしらえています。 しかしこれは1988年のことで、その年の8月に停戦が発効しています。しかし、それでめでたく戦争がなくなったわけではなく、2000年代に入ってからも両国は小競り合いの空爆合戦を行なっていました。 サヘル・ローズが被災したのは1989年とのことですから、そのときには化学兵器(毒ガス)は使用されていないはずです。 父親がイラン大使館の職員というのは、たぶんwikiの記載がフローラの婚約者となっていることからきた誤解ではないかと思われます。フローラの実家が高い家柄であることを考えると、日本にいた夫もそれなりの家柄であろうと考えられます。ですから、これは推測ですが、フローラの夫が大使館の職員だった可能性があります。 一方的に嘘つき呼ばわりしたアレズ女史ですが、きちんと謝罪したんでしょうかね。 【結婚のために改宗?】 2011年時点では「男性を好きになったことがない」と,男性との交際経験がないことを明らかにしていたサヘル・ローズですが、現在はどうなんでしょうね。ますますキレイになってますから、そろそろ彼氏がいるのかな。 じゃあ結婚って何よって話ですが、改宗するのはサヘル・ローズと結婚したい!と言ってる人たちのことです(笑) サヘル・ローズはイスラム教徒なので、原則的に改宗して棄教することは禁じられています。コレだけの美人と(それもぴっかぴかの未使用かも)結婚できるんだったら、お釈迦様の教えをすててもいい!ってことなんでしょう。 タレント活動のほかに女優としても活躍の場を広げつつあるサヘル・ローズ。 自らの生い立ちから、児童福祉に関心が高く、いつかイランに孤児院を作りたい希望があるそうです。 この人のブログやツイッターは、美しい写真とともに祈りのような詩がたくさんあります。それらを読んでいて、サヘル・ローズという人は一日を清らかな水で洗い上げるように迎える人なんだなぁと思いました。 数々の苦難をおくびにも出さずに輝くサヘル・ローズ。見習いたいものです。 スポンサードリンク