市毛良枝

かつてお嫁さんにしたい女優No.1だった市毛良枝。38歳の時に結婚を発表して世の殿方を嘆かせました。今で言えば堀北真希がイケメンストーカーの山本耕史に突然持っていかれた衝撃、みたいな感じでしょうか。

結婚生活は長く続かず、ほどなくして離婚してしまったのですがその後は再婚していません。おだやかでキレイな方なのになぜ?と思いますが、あまり語られない離婚当時のことが原因では?

スポンサードリンク

【市毛良枝の結婚と離婚】

市毛良枝の結婚は1988年、38歳の時でした。

若い頃の市毛良枝は、おっとり清純な雰囲気ながらクイズ番組では才女枠に座る知的な面を兼ねた出来た女性というイメージが強く、お嫁さんにするなら竹下景子か市毛良枝か、みたいな論争が殿方の間で交わされていました。

30歳を過ぎても結婚の気配がなかったので、よく結婚についての質問が飛んでいましたが、やんわり笑って「ご縁があれば…」と定型文句のように言っていたのを覚えています。

 

そんな市毛良枝が結婚相手として選んだのは、当時は検事(弁護士からの転身、いわゆるヤメ検)だった参議院議員、現民進党の小川敏夫氏でした。

小川敏夫

しかし、その結婚はほどなくして終りを告げてしまいます。

市毛良枝の離婚が具体的に何年だったかははっきりしませんが、離婚の報道に「もう?早っ!」と思った覚えがあるので結婚後2年前後での離婚だったと思います。

離婚の原因は小川氏のDVとされていますが、小川氏は事実無根だとして報じた週刊新潮と週刊文春を訴えています。

スポンサードリンク

【酷かった離婚報道とバッシング】

今でこそDVは暴力を振るったほうが悪いと誰でも思いますが、市毛良枝の離婚当時はまだDVという言葉も概念も社会的に浸透していない時代で、暴力を振るわれるにはそれ相当の理由があるのではないか?という古臭い考え方がまかり通っていました。

市毛良枝

 

そのため、離婚の原因は市毛良枝が不倫をしていて、小川氏が暴力を振るったのはそのせいだという報道がされたのです。

その頃の芸能記者の取材攻勢は今とは比べ物にならないくらいえげつなくて酷いものでした。お嫁さんにしたい女優No.1が結婚したと思ったら不倫?!となれば、いい人ベッキーが不倫して世の中をがっかりさせまくったようなもので、市毛良枝は大バッシングを受けます。

市毛良枝に不倫の事実があったかどうかは分かりませんが、それまでちやほやしていたマスコミが手の平を返したように叩きにかかるさまに、市毛良枝はひどく傷ついたようでした。

【なぜ登山家に?】

離婚後一線から退いた感のあった市毛良枝は、その後特に浮いた噂もなく現在は登山家として山歩きをしています。趣味の一環というライトなものではなく、1993年にはキリマンジャロに登頂していますから本格的ですね。今では自らの経験を元にした山歩きの著作もありますし、トレッキング番組などでおなじみとなりました。

itigeyosie

きっかけは、献体を言い残してなくなった父親の解剖結果を担当医に報告した時に勧められたことだったそうです。登山どころかスポーツの経験もなかったそうですが、初めての登山がとても楽しかったことですっかり山に魅せられてしまったようですね。

離婚後の市毛良枝は一人娘ということもあり高齢の母親の介護をしています。その合間に山登りをしてリフレッシュしているようです。山登りをテーマにした番組で、市毛良枝は自然の魅力を無条件で受け入れてくれることだと言っていたと思いますが、離婚時の酷いバッシングなど辛いことを経験してきたからこそ、自然が持つ包容力に癒しを感じたのかも知れません。

市毛良枝の母親は身体は不自由でもたいへんにアクティブな精神力をお持ちで、齢90を過ぎてから市毛良枝とともに海外旅行にも行かれたりしています。固形物が食べられない母親を海外に連れて行くのはさぞかし大変だろうと思いますが、そういった経験をもとに介護に関する講演活動を精力的に行なっていますね。

人は泣いた分だけ優しくなれるといいます。市毛良枝にはこれからも柔らかな笑顔で活躍して欲しいですね。

スポンサードリンク

市毛良枝が再婚せずに現在も独身で登山家なのは離婚時のバッシングが原因?https://i1.wp.com/yonimaji.net/wp-content/uploads/2016/07/itigeyosie5.jpg?fit=500%2C344https://i1.wp.com/yonimaji.net/wp-content/uploads/2016/07/itigeyosie5.jpg?resize=150%2C150アイーダ人物破局・離婚女優,市毛良枝,離婚
かつてお嫁さんにしたい女優No.1だった市毛良枝。38歳の時に結婚を発表して世の殿方を嘆かせました。今で言えば堀北真希がイケメンストーカーの山本耕史に突然持っていかれた衝撃、みたいな感じでしょうか。 結婚生活は長く続かず、ほどなくして離婚してしまったのですがその後は再婚していません。おだやかでキレイな方なのになぜ?と思いますが、あまり語られない離婚当時のことが原因では? スポンサードリンク 【市毛良枝の結婚と離婚】 市毛良枝の結婚は1988年、38歳の時でした。 若い頃の市毛良枝は、おっとり清純な雰囲気ながらクイズ番組では才女枠に座る知的な面を兼ねた出来た女性というイメージが強く、お嫁さんにするなら竹下景子か市毛良枝か、みたいな論争が殿方の間で交わされていました。 30歳を過ぎても結婚の気配がなかったので、よく結婚についての質問が飛んでいましたが、やんわり笑って「ご縁があれば…」と定型文句のように言っていたのを覚えています。   そんな市毛良枝が結婚相手として選んだのは、当時は検事(弁護士からの転身、いわゆるヤメ検)だった参議院議員、現民進党の小川敏夫氏でした。 しかし、その結婚はほどなくして終りを告げてしまいます。 市毛良枝の離婚が具体的に何年だったかははっきりしませんが、離婚の報道に「もう?早っ!」と思った覚えがあるので結婚後2年前後での離婚だったと思います。 離婚の原因は小川氏のDVとされていますが、小川氏は事実無根だとして報じた週刊新潮と週刊文春を訴えています。 スポンサードリンク 【酷かった離婚報道とバッシング】 今でこそDVは暴力を振るったほうが悪いと誰でも思いますが、市毛良枝の離婚当時はまだDVという言葉も概念も社会的に浸透していない時代で、暴力を振るわれるにはそれ相当の理由があるのではないか?という古臭い考え方がまかり通っていました。   そのため、離婚の原因は市毛良枝が不倫をしていて、小川氏が暴力を振るったのはそのせいだという報道がされたのです。 その頃の芸能記者の取材攻勢は今とは比べ物にならないくらいえげつなくて酷いものでした。お嫁さんにしたい女優No.1が結婚したと思ったら不倫?!となれば、いい人ベッキーが不倫して世の中をがっかりさせまくったようなもので、市毛良枝は大バッシングを受けます。 市毛良枝に不倫の事実があったかどうかは分かりませんが、それまでちやほやしていたマスコミが手の平を返したように叩きにかかるさまに、市毛良枝はひどく傷ついたようでした。 【なぜ登山家に?】 離婚後一線から退いた感のあった市毛良枝は、その後特に浮いた噂もなく現在は登山家として山歩きをしています。趣味の一環というライトなものではなく、1993年にはキリマンジャロに登頂していますから本格的ですね。今では自らの経験を元にした山歩きの著作もありますし、トレッキング番組などでおなじみとなりました。 きっかけは、献体を言い残してなくなった父親の解剖結果を担当医に報告した時に勧められたことだったそうです。登山どころかスポーツの経験もなかったそうですが、初めての登山がとても楽しかったことですっかり山に魅せられてしまったようですね。 離婚後の市毛良枝は一人娘ということもあり高齢の母親の介護をしています。その合間に山登りをしてリフレッシュしているようです。山登りをテーマにした番組で、市毛良枝は自然の魅力を無条件で受け入れてくれることだと言っていたと思いますが、離婚時の酷いバッシングなど辛いことを経験してきたからこそ、自然が持つ包容力に癒しを感じたのかも知れません。 市毛良枝の母親は身体は不自由でもたいへんにアクティブな精神力をお持ちで、齢90を過ぎてから市毛良枝とともに海外旅行にも行かれたりしています。固形物が食べられない母親を海外に連れて行くのはさぞかし大変だろうと思いますが、そういった経験をもとに介護に関する講演活動を精力的に行なっていますね。 人は泣いた分だけ優しくなれるといいます。市毛良枝にはこれからも柔らかな笑顔で活躍して欲しいですね。 スポンサードリンク