ジュディオング

大ヒット曲『魅せられて』で知られる歌手・女優のジュディオング。芸能人ってのは見られるのが商売とはいえ、66歳の現在も相変わらず…というか以前にも増してお美しいです。一般の方と短い結婚生活を送りましたがなれそめはどんなものだったのでしょう。

芸能活動の傍らで絵画や書に新たな才能を発揮する芸能人は多いですが、ジュディオングもまた、版画家としての顔を持ちます。見る人に強い印象を残す作品、そのお値段は?

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【ジュディオングは台湾人?】

ジュディオングは1950年1月24日に台湾・台北市で生まれました。台湾の名前は翁倩玉、父方の祖父に辛亥革命時の歴史的人物を持ちます。2歳の時に家族と共に来日しているので台湾生まれだけどほぼ日本育ちということになりますね。ジュディオングという名前は昔のタレントさんに時々みられた外国風の芸名で、生粋の日本人かと思ってました。

リリコ
ダイアモンド✡ユカイ的な感じね

tum子
んー、何か決定的に違う気もするけど、どこがどう違うか説明できない

1961年のデビュー時は台湾国籍だったようですが、1972年に日本名翁ジュディで日本に帰化しています。

ジュディオングって何人?という問いの答えは、生まれたときは台湾人で今は日本人というのが正解です。

【結婚のなれそめと離婚の原因は?】

ジュディオングが歌った『魅せられて』は、いまや日本人のDNAに刷り込まれてるんじゃないかってくらい有名な曲になりましたが、この曲が発表されたのは1979年、ジュディオングは29歳の時でした。

そんなジュディオングの結婚は1991年、41歳になってからです。お相手は美術商の鈴木洋樹さんという方です。
ジュディオング

この頃のジュディオングは中華圏でも精力的に活動していましたから、日本国外でもニュースとして取り上げられ、結婚式は台湾式で行なわれたようです。

現在は版画家としての肩書きも持つジュディオングは1970年代から師について版画の勉強を始めていましたから、2人のなれそめは版画つながりではないかと思われます

ただ、残念ながら結婚生活は長く続かず、半年あまりの別居期間を経て1997年に離婚してしまいました。原因は夫婦揃って多忙ですれ違い生活が続いたからだといわれます

1990年代前半は版画バブルであちこちで版画展が開かれていて、今日買ったラッセンのシルクスクリーンが翌月には値段が倍、なんてことが当たり前の時代でした。

あの当時、美術雑誌に載っていたアンディウォーホールのマリリンモンローの版画に1億円の値がついていてぶっとんだ記憶があります。美術商なんて仕事は儲かって仕方がないけど、同時に家に帰るヒマもないほど忙しかっただろうと思います。

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【ジュディオングの版画の値段は?】

版画家としてのジュディオング(雅号 ジュディオング倩玉)日本最大の美術展である日展に何度も入選するほどの腕前です。コントラストのはっきりした力強いけれど緻密で繊細な作風が特徴です。

ジュディオング 版画

作品集も出されていますし、各地で作品展も行なわれています。205年には画像の作品『紅桜依緑』で日展の最高賞である特選を受賞しました。

版画も美しいけど、このお着物!たぶんコレもジュディオング自身のデザインだと思う。色の使い方とか。

吸い込まれるような魅力のあるジュディオングの版画作品、ぜひ我が家にも飾りたい!とつい思ってしまうので、おいくらくらいするものか調べてみました。

『紅桜依緑』限定数100のハンドプリントで86.400円(税込) だそうです。

版画バブルの頃だったらこの何倍したかしらと思ってしまいますね。

離婚後、再婚することもなく歌手として版画家として活躍するジュディオング。しなやかで伸びやかで、憧れる生き方ですよね。

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ジュディオング超すごい版画の値段は?離婚した夫とのなれそめは?国籍は日本?https://i2.wp.com/yonimaji.net/wp-content/uploads/2016/05/judexi.jpg?fit=500%2C357https://i2.wp.com/yonimaji.net/wp-content/uploads/2016/05/judexi.jpg?resize=150%2C150アイーダ人物ジュディオング
大ヒット曲『魅せられて』で知られる歌手・女優のジュディオング。芸能人ってのは見られるのが商売とはいえ、66歳の現在も相変わらず…というか以前にも増してお美しいです。一般の方と短い結婚生活を送りましたがなれそめはどんなものだったのでしょう。 芸能活動の傍らで絵画や書に新たな才能を発揮する芸能人は多いですが、ジュディオングもまた、版画家としての顔を持ちます。見る人に強い印象を残す作品、そのお値段は? スポンサードリンク 【ジュディオングは台湾人?】 ジュディオングは1950年1月24日に台湾・台北市で生まれました。台湾の名前は翁倩玉、父方の祖父に辛亥革命時の歴史的人物を持ちます。2歳の時に家族と共に来日しているので台湾生まれだけどほぼ日本育ちということになりますね。ジュディオングという名前は昔のタレントさんに時々みられた外国風の芸名で、生粋の日本人かと思ってました。 1961年のデビュー時は台湾国籍だったようですが、1972年に日本名翁ジュディで日本に帰化しています。 ジュディオングって何人?という問いの答えは、生まれたときは台湾人で今は日本人というのが正解です。 【結婚のなれそめと離婚の原因は?】 ジュディオングが歌った『魅せられて』は、いまや日本人のDNAに刷り込まれてるんじゃないかってくらい有名な曲になりましたが、この曲が発表されたのは1979年、ジュディオングは29歳の時でした。 そんなジュディオングの結婚は1991年、41歳になってからです。お相手は美術商の鈴木洋樹さんという方です。 この頃のジュディオングは中華圏でも精力的に活動していましたから、日本国外でもニュースとして取り上げられ、結婚式は台湾式で行なわれたようです。 現在は版画家としての肩書きも持つジュディオングは1970年代から師について版画の勉強を始めていましたから、2人のなれそめは版画つながりではないかと思われます。 ただ、残念ながら結婚生活は長く続かず、半年あまりの別居期間を経て1997年に離婚してしまいました。原因は夫婦揃って多忙ですれ違い生活が続いたからだといわれます。 1990年代前半は版画バブルであちこちで版画展が開かれていて、今日買ったラッセンのシルクスクリーンが翌月には値段が倍、なんてことが当たり前の時代でした。 あの当時、美術雑誌に載っていたアンディウォーホールのマリリンモンローの版画に1億円の値がついていてぶっとんだ記憶があります。美術商なんて仕事は儲かって仕方がないけど、同時に家に帰るヒマもないほど忙しかっただろうと思います。 スポンサードリンク 【ジュディオングの版画の値段は?】 版画家としてのジュディオング(雅号 ジュディオング倩玉)日本最大の美術展である日展に何度も入選するほどの腕前です。コントラストのはっきりした力強いけれど緻密で繊細な作風が特徴です。 作品集も出されていますし、各地で作品展も行なわれています。205年には画像の作品『紅桜依緑』で日展の最高賞である特選を受賞しました。 版画も美しいけど、このお着物!たぶんコレもジュディオング自身のデザインだと思う。色の使い方とか。 吸い込まれるような魅力のあるジュディオングの版画作品、ぜひ我が家にも飾りたい!とつい思ってしまうので、おいくらくらいするものか調べてみました。 『紅桜依緑』限定数100のハンドプリントで86.400円(税込) だそうです。 版画バブルの頃だったらこの何倍したかしらと思ってしまいますね。 離婚後、再婚することもなく歌手として版画家として活躍するジュディオング。しなやかで伸びやかで、憧れる生き方ですよね。 スポンサードリンク